あと30日で、他人に戻るふたり
「私も最初は、大地さんは案件が終わったら、出ていくんだと思ってました」

私がぽつりと返すと、大地さんが「ん?」とこっちを見る。

「最初、この部屋選んだ理由。言ってたの覚えてます」

「うん。ほんとにそのつもりだった」

言いながら、彼は少しだけ笑った。

もう今は、そんな未来は来ないって分かっているから、笑ってるんだとちゃんと思える。


夜風が少しだけぬるくて、遠くで電車の音が聞こえる。

私たちは並んだまま、ゆっくりマンションへ向かって歩いた。


「……でも、帰りたい理由ができたから」

ぼそっと付け足された声に、胸の奥がじんわり熱くなる。


どう返事をしたらいいか分からなくて。 代わりに私は、彼のTシャツの袖を少しだけつかむ。

大地さんはそれを見て、やわらかく微笑んでくれた。


マンションまでもうすぐという時、ぽつぽつと雨が降ってきた。

「あっ、天気予報当たってる」

朝のお天気お兄さんが言っていた、夜は折りたたみ傘が必要だという情報。
それを聞いてちゃんとバッグに入れていたんだった。

「大地さん、ちょっと待って。傘出しますから──」

言いかけたら、そのまま手を繋がれた。


びっくりして瞬きをすると、彼は雨から逃げるように私の手を引いて走り出す。


「傘、めんどくさい。走ろう」

「えーーっ、濡れちゃう!」

「もう着くよ、すぐそこだし」

「速い!無理!速すぎ…」


最後の方は息切れして、なにも言えなくなってしまった。



••┈┈┈┈••

< 385 / 403 >

この作品をシェア

pagetop