あと30日で、他人に戻るふたり
女性はというと、話題をそらされたことにも気づかず指折り数えていた。

「えーっと、そうねぇ…。住んでからもう六年以上経つわね」

「長いですね」

話しているうちに、エレベーターが着いて三人で乗り込む。


私は、というと。

普通に会話している彼と女性に挟まれ、もはやフリーズしたままだった。


他愛もない会話を聞いているうちに、すぐにエレベーターは一階に着いた。

「そうだ」

降りてすぐ、思い出したように女性が私たちを振り返る。

「803の、篠原です。お名前、まだ聞いてなかったわね」

「藍沢です」

「お仕事でしょう?頑張ってね」


手を振って彼女──篠原さんは先に行ってしまった。

後半はほぼ、篠原さんと彼のやり取りで終わるというなんともいえない展開。


「あ、やばい。俺の名前言っちゃった」

マンションの外に出てから、彼がめんどくさそうに空を仰ぐ。

「そのコミュ力、どこから来るんですか?」

エンジニアというより、営業職なのかというような外面の良さ。
私がジトッと見ていると、彼は肩をすくめた。

「今ので電池切れ。次に会った時は穂村さんのターンね」

「なにそれ!」


言い返そうとしているうちに、さっと彼は手を挙げた。

「じゃ、またね。行ってきます」

「……いってらっしゃい」


結局、篠原さんには私たちの本当の関係は言えないまま。
おそらく、訂正するのがめんどくさいという、それだけの理由だろう。


仕方なく私も駅に向かって歩き出した。



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