あと30日で、他人に戻るふたり
「俺さ」
まだ肩に置いてある手は離れない。
顔を上げると、思っていたよりも距離が近かった。
「穂村はできるって思ってるんだから。困ったことがあればいつでも、話は聞くよ」
八代さんらしい同じ言い方。いつもと同じトーン。
いつもより明らかに近い距離が、逆に意識させてくる。
「……はい」
返事が、少しだけ遅れた気がした。
八代さんはそれを気にする様子もなく、軽く体を離す。ついでに肩に置かれていた手も離れた。
「ま、期待してる」
胸の奥に、わずかに残る違和感。
褒められているのに。
前なら、もう少し素直に受け取れていたはずなのに。
……なんだろう、このなんともいえない気持ちは。
うまく言葉にできないままの整理できていない頭に、また八代さんが耳元に顔を寄せてきた。
「来週、どっか空いてる?」
「え?あ、はい……」
反射みたいに答えてから、ほんの一瞬だけ間が空く。
「────じゃあさ」
その間を気にする様子もなく、八代さんが続ける。
「今度、メシでも行かない?」
「……はい」
さっきと同じように、すぐに返したつもりだったのに。
自分の中では、わずかに引っかかるものがあった。
「決まりね。日程、あとで送るよ」
「分かりました」
そこで、会話は終わった。
八代さんは営業部のフロアへと戻っていく。
いつも通りの温度を保っていた彼。
ただ────食事に誘われたのは、初めてだった。
それなのに。
パソコンに視線を戻したまま、指だけが無意識に少し止まる。
────少し前の私だったら。
絶対に、素直に嬉しかった気がする。
どうしてすんなりと喜べないのか、理由はうまく浮かばないまま。
浮かびかけては、消えていく。
私はもう一度、キーボードに指を置いた。
••┈┈┈┈••
まだ肩に置いてある手は離れない。
顔を上げると、思っていたよりも距離が近かった。
「穂村はできるって思ってるんだから。困ったことがあればいつでも、話は聞くよ」
八代さんらしい同じ言い方。いつもと同じトーン。
いつもより明らかに近い距離が、逆に意識させてくる。
「……はい」
返事が、少しだけ遅れた気がした。
八代さんはそれを気にする様子もなく、軽く体を離す。ついでに肩に置かれていた手も離れた。
「ま、期待してる」
胸の奥に、わずかに残る違和感。
褒められているのに。
前なら、もう少し素直に受け取れていたはずなのに。
……なんだろう、このなんともいえない気持ちは。
うまく言葉にできないままの整理できていない頭に、また八代さんが耳元に顔を寄せてきた。
「来週、どっか空いてる?」
「え?あ、はい……」
反射みたいに答えてから、ほんの一瞬だけ間が空く。
「────じゃあさ」
その間を気にする様子もなく、八代さんが続ける。
「今度、メシでも行かない?」
「……はい」
さっきと同じように、すぐに返したつもりだったのに。
自分の中では、わずかに引っかかるものがあった。
「決まりね。日程、あとで送るよ」
「分かりました」
そこで、会話は終わった。
八代さんは営業部のフロアへと戻っていく。
いつも通りの温度を保っていた彼。
ただ────食事に誘われたのは、初めてだった。
それなのに。
パソコンに視線を戻したまま、指だけが無意識に少し止まる。
────少し前の私だったら。
絶対に、素直に嬉しかった気がする。
どうしてすんなりと喜べないのか、理由はうまく浮かばないまま。
浮かびかけては、消えていく。
私はもう一度、キーボードに指を置いた。
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