あと30日で、他人に戻るふたり
ひょいとロコモコ丼に手を伸ばした彼が、スマホを置いてペロリと残りを食べる。

自分が食べていたものを、当たり前みたいに受け取られる。
それが、少しだけ落ち着かない。

知らない人だと思っていたのに。
こういうことに、抵抗がなくなっている。


「これ、どこの弁当?」

「駅からマンションに歩いてくる間にあるんですよ。こじんまりした可愛いお店」

「可愛い…、か」

反応が薄かったので、彼が自ら買いに行くことはなさそうだ。


夕飯も済んだところで、ソファでふたり並んで座って、のんびり過ごしていたとき。

完全に気を緩めていた、そのとき。

「────美月」


不意に彼に名前を呼ばれて、思考が止まる。

「……え?」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。

今、確かに。この耳に届いた。
名前で呼ばれた。

驚いて隣を見るも、彼の視線はスマホを向いたままだった。


「いや、外でさ」

当の本人は、特に気にした様子もなく続ける。

「隣の──篠原さんに会ったときとか、外では名前で呼んだ方が自然かなと思って。苗字も名乗っちゃったし」

……そんな理由?

「そのための、練習」

いたって真面目な顔で言われて、言葉に詰まる。


「…いやでも、練習って…」

「うん」

普通にうなずかれる。
私の動揺なんて、彼に伝わるはずもなく。


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