彼と彼女の、最大の不具合
今日、楽しかったなあなんてぼんやりと思いながら、夜の空気に包まれた道をひとり歩いていた。
街灯のやわらかい光がアスファルトににじんでいて、その中を進む足取りは軽くて、さっきまでの出来事や、ふとした瞬間に蘇る昔の思い出までが胸の奥をくすぐる。
そのままの余韻を抱えたままホテルにたどり着いて、ようやく帰ってきたという安心感にほっと息をつきながら自分の部屋のある階へ向かう。
エレベーターの中でもまだ気持ちはふわふわしていて、ドアが開いたその先に見えた光景に、私は一瞬で現実に引き戻された。
部屋の前に右京くんが立っているからだ。
「右京くん…?」
思わず声をかけると、その名前に反応した彼がはっとしたように振り向いて、次の瞬間には焦ったような表情でこちらに駆け寄ってくる。
え、どうしてここにいるの、もう今日は会えないと思ってたのに。
そんな風にぐるぐる考えながらも、顔を見られたことが純粋に嬉しくて、ラッキーなんて呑気に思ってしまった自分がいた。
でもその浮かれた気持ちは彼の一言であっさり吹き飛ぶ。
「お前…!どっか行ってんなら連絡しろよ!」
「え、っと…?」
すると彼は大きくはぁーっとため息をついて、呆れたように、それでいてどこか必死さを滲ませながら私の肩に手を置いた。
「連絡したのに帰ってこねーし、部屋にもいねーし、焦るわ…」
そう言ってから、ふーっと深く息を吐いて、その場にしゃがみこんでしまう。
「(え、そんなに心配してくれてたの…?)」
そのとき、ガチャっと音がして隣の部屋の扉が開いた。
「う、右京くん…とりあえず、私の部屋入る?」
ここにいたらさすがに邪魔だし、というかこの状況を誰かに見られるのもなんだか落ち着かない。
そう思って口にしただけだったのに、右京くんはゆっくり立ち上がると、さっきよりもさらに険しい表情でこちらを見る。その顔が完全に怒っているように見える。