彼と彼女の、最大の不具合
右京天音の場合
自分の部屋に戻るなり、扉を閉めた瞬間に全身の力が抜けて、そのまま思わずベッドへと飛び込んだ。
ふかふかの布団に顔をうずめなる。
「(……耐えた俺、偉すぎだろ)」
あの場でどこまで理性を保てたのか、自分でも少し信じられないくらいだった。
ごろんと寝返りを打って天井を見上げると、白いだけの無機質な天井がやけに遠く感じる。
その静けさの中で、ぽつりとこぼれるように「……茉白」と名前を呼んでしまった瞬間、さっきの光景が一気に蘇ってくる。
柔らかく笑っていた顔、少しだけ酔っていた頬の赤み、腕の中に収まったときの驚くほどの軽さと華奢さ。
かわいいなんて言葉じゃ足りないくらい、どうしようもなく心を持っていかれていた。
仕事から帰ってきてすぐ、夜ご飯どうするか連絡してみたのに既読もつかず、返事もなくて、嫌な予感が胸をよぎったまま隣の香坂の部屋まで行ってチャイムを鳴らしても反応がなくて、
その時は正直一瞬だけ、事故か何かじゃないかって本気で焦ったのに、結局帰ってきた香坂はほろ酔いで、山口さんと飲みに行っていたと知った瞬間、自分でも止められないくらいの感情が一気に溢れた。
気づけば勢いのまま抱きしめていて、腕の中に収まった香坂の体温や細さが想像以上で、その軽さが逆に現実味を持って胸に突き刺さってくる。
大学時代の後輩だとは言っていたけれど、本当にそれだけなのか、ただ飲んだだけなのか、そんなことを聞ける立場じゃないと分かっているのに、頭のどこかで何度も同じ疑問が浮かんでしまう自分が情けない。
そもそも彼氏でもなんでもない、ただの同僚で、ただの……それ以上でもそれ以下でもないはずなのに。
天井を見つめたまま、長く息を吐いて、ぎゅっと握りしめた拳を額に当てる。
どれだけわかりやすく気持ちをぶつけたつもりでも、触れた瞬間は確かに何かが伝わった気がしたのに、次の日には何事もなかったみたいにリセットされているその距離感がどうしても苦しい。
でも、今回は違う気がしていた。あの一瞬の反応、あの揺れ方、ほんの少しだけ変わった空気。
それを思い出すたびに、胸の奥が熱くなる。
このチャンスだけは、絶対に無駄にしたくない。