彼と彼女の、最大の不具合



香坂の肩が跳ねるように動き、持っていたビーカーが指先からすり抜ける。
床に落ちたそれは、一拍遅れて現実に追いつくように――パリン!と鋭い音を立てて砕け散った。透明な破片が白い床に散らばり、液体がじわりと広がる。


「……っ、あ」


香坂が小さく息を呑んで、反射的にしゃがみかける。その手がわずかに震えているのが見えた。
割れたビーカーの破片を拾い集めようとする香坂の手を慌てて握る。


「な、に?」

「なにって…素手は危ないだろ」


そう言って香坂の顔を見ると、香坂は顔を真っ赤にしている。


「(…なんだよ、その顔)」


かわいい。やばい。
ドクン、と胸が大きく鳴って、もう理性とかそういうものが一瞬遅れて崩れ落ちた。
もう片方の手が勝手に動いて、香坂の頬に触れる。ピクッと小さく跳ねるその反応が、いちいち刺さる。


「っ……」


香坂は固まったまま動かない。逃げることもできない距離で、ただ目だけが揺れている。その揺れ方が、余計に頭をおかしくする。

もう戻れない、とどこかで分かっていたのに、身体の方が先に動いていた。
頬に触れていた手が、ゆっくりと位置をずらす。香坂の呼吸が一瞬だけ止まるのが分かった。

その瞬間、右京はそのまま唇を重ねた。
柔らかい感触と同時に、時間が完全に止まる。香坂の身体がほんの少しだけ強張って、それでもすぐには離れない。

一瞬、唇を離してから、もう一度そっと重ねる。ゆっくりと目を開けたとき、香坂の表情がはっきり視界に入る。潤んだ目、熱を持った頬、言葉を探すみたいに微かに震える唇。


「(……なんでこんなかわいいんだよ)」


理性が追いつく前に、感情だけが先に溢れていた。そっと香坂の唇を親指でなぞる。


< 111 / 140 >

この作品をシェア

pagetop