彼と彼女の、最大の不具合
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「それで!どうしたんだよ!今日は話聞くぞ!泣くな!」
仕事終わり、さっさと帰ろうとしてエントランスを抜けたところで、待ち構えていたみたいに霧島に腕を掴まれ、そのまま強制的に近くの居酒屋へ連行された。
テーブルに突っ伏すようにして両手で顔を覆うと、「ほんとに、泣いてんのか?」と心配しているような声が聞こえる。でもその声色が妙に軽いのが、霧島らしいというか、余計に腹立たしいというか。
「(……ほんとに、泣きそうなんだけど)」
息を吐いて顔を上げると、「泣いてなかったか」と小さく舌打ちされる。なんだその反応は。
ビールを一口だけ飲む。
話すべきか、話さないべきか。
このまま全部なかったことにして、明日からまた普通に戻ればいいだけだ。そう思うのに、頭の中では普通の形がもう分からなくなっている。
「……香坂に、キスした」
ぽつりと落としたその言葉に、空気が一瞬止まった。
霧島の目が、みるみるうちに開いていく。
「…………なんで?」
真剣な顔をしている霧島を見て、言葉が詰まる。どう考えても、俺が悪いから。出張中のことを思い出して、心底自分が嫌になる。
「…香坂の大学時代の後輩がいて。そいつに嫉妬して…気づいたら、無理やり」
その瞬間、霧島が一度だけ目を細めて、ジョッキを指で軽く弾くようにして、短く息を吐いた。
「最悪のタイミングで一番やっちゃいけないやつやってない?」
「分かってる」
分かってるから、苦しい。今の香坂からしたら、俺の存在なんて怖くて仕方ないだろ。今日だって、一言も喋ってなければ、目さえ合っていない。
「そんなことして、どうしたかったんだよ」
「……。」
どうしたかった、か。
「…俺のこと、意識してほしかった。俺だけを見てほしかった」
それを、伝えるべきだったのに。
霧島は、はあとため息をついて、枝豆を口の中に放り込んだ。