彼と彼女の、最大の不具合



意見がぶつかって言い合いになることも多くて、そのたびに「もういい」と思うのに、次の日には何事もなかったみたいにまた同じ方向を向いている、その関係が心地よかった。


喧嘩ばかりの毎日だけど、それでも香坂の笑顔を見ると、全部報われた気がした。

ふとした瞬間に見せるその表情が、どうしようもなく好きだった。

ふたりで飲みにいったときは、仕事モードが抜けて、どこか柔らかい雰囲気の香坂がそこにいて、普段は見せない無防備さに触れるたびに、胸の奥がじわじわ熱くなっていくのを止められなかった。


あの時間が、特別だって分かっていたのに、それを言葉にする勇気がなかった。ただ隣にいられるだけでいいなんて、そんな綺麗な感情じゃ済まなくなっていたくせに、それでも壊れるのが怖くて、ずっと踏み込めなかった。


だからあの日、あんな形で一線を越えたのは、本当に最悪だったと思う。本当なら、ちゃんと順番を踏んで、ちゃんと伝えて、ちゃんと選んでもらうべきだったのに、それを全部飛ばしてしまった。

その結果が今だ。避けられているかもしれない距離と、何も言えないまま止まってしまった関係。


それでも、ここで何もしなければ、本当に全部終わる気がした。


「(……終わらせるかどうかじゃない)」


心の中で、ゆっくりと言葉をなぞる。


「(ちゃんと向き合うかどうかだろ)」


そう思った瞬間、さっきまで胸の中に溜まっていた迷いが、ほんの少しだけ形を変えた気がした。
怖いのは変わらない。むしろ、はっきり意識した分だけ余計に怖くなった。

でも、それでもいいと思えた。

このまま曖昧に終わるくらいなら、ちゃんと傷ついた方がまだマシだと、初めてそう思えた。


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