彼と彼女の、最大の不具合
思い出したくないのに、ふとした瞬間に浮かんでくる。
近すぎた距離と、触れられた頬の感触と、そのあと一瞬だけ重なった――
「……っ」
無意識に指先に力が入って、くるくるしていた紙がくしゃりと音を立てた。慌てて元に戻すけど、シワは消えない。なんだか、それが今の自分みたいで余計に嫌になる。
退勤まで残り一分。画面に表示された数字をぼんやり見つめながら、マウスを動かすふりだけを続ける。もうとっくにやる気なんて残っていない。
ただここで顔を上げたら、また右京くんの方を見てしまいそうで、それが嫌で、ずっと視線を固定したまま動けないでいる。
「(……話さなきゃ、とは思ってるのに)」
思っているだけで、結局何もできていない。避けているのは、たぶんお互い様だ。それでも、あのとき何も言えなかった自分の方が、ほんの少しだけ後ろめたい気がしている。
だから余計に、どうしていいか分からないまま、時間だけが過ぎていく。
あと数十秒で終業だ。今日もまた何もなかった一日として終わるんだろうか、なんて考えながら、無意味にマウスを動かし続けていた。