彼と彼女の、最大の不具合

*

*

*



「ん……」


目を開けると、視界がゆっくり揺れている。ふわっとしたいい匂いもして、嗅いだことのある柔軟剤の香りだと気づく。


「……って、え!?」


一気に意識が跳ね起きる。
どういう状況!?


「起きた?」


すぐ近くから落ちてくる声で、現実がさらにはっきりする。


「(なんで右京くんに、おんぶされてるの!?)」


パニックが遅れて全身を駆け抜ける。なぜ私は今、この人の背中にいる?


「も、もしかして……大変な粗相を……」

「大丈夫。寝て起きなかったから俺が運んでるだけ」


ぶっきらぼうなその声に、ほんの少しだけ胸の力が抜ける。久しぶりに近くで聞いた右京くんの声。


「(あぁー……泣きそう)」


好き。やっぱり、どうしても好き。結衣には怒られるかもしれないけど、それでもやっぱり好きだ。どうしようもなく、この人が好きだ。そう思った瞬間、勝手に視界が滲んで、ぽろっと涙がこぼれてしまう。


「……っ、う」


右京くんの背中のシャツが、じわっと濡れる。


「茉白?」


呼ばないで。簡単に、名前で呼ばないでよ。思い出しちゃうから。全部。諦められなくなっちゃうから。


「右京くん、私……」


声が震える。ちゃんと言おうとしたのに、言葉が喉で止まる。
右京くんのことが好き。そう言おうとした、その瞬間だった。ふっと体が軽くなって、地面に降ろされる。


「……っ」


急に距離ができて、心臓だけが置いていかれる。涙を優しく親指で掬われる。たったそれだけの動きなのに、余計に泣きそうになる。泣き顔、見られたくなかったのに。最後の最後まで、最悪だなあ。
そう思って顔を上げると、久しぶりにちゃんと正面から見る右京くんの顔に、息が止まる。


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