彼と彼女の、最大の不具合



試作室にこもって一人で作業をしていると、以前よりもずっと静かなはずなのに、逆に頭の中だけがうるさい気がする。

ビーカーの中でゆっくり混ざっていく液体を見ながら、配合比を確認して、温度をチェックして、粘度の変化をメモする。その一つ一つはただの作業のはずなのに、どこか歯車が噛み合っていないような違和感が残る。


「保湿成分の比率はこれでいいはずなのに…なんで安定しないんだろう」


小さく呟きながら、攪拌機の音に耳を澄ます。数字上は問題ない。むしろ理想に近い設計のはずだ。肌への浸透感も悪くないし、使用感も軽い。

それなのに、時間が経つとわずかに分離が見える。ほんの少しのズレ。それだけで全部が未完成になる。


「右京くんなら、ここどうするんだろう」


コストと安定性を優先するなら、きっとこの成分は減らす。あるいは別の代替素材に置き換える。そうすれば確実に安定することは分かっている。

でも、それをしてしまったら、私が作りたい“使った瞬間の違い”は弱くなる気がしてしまう。

試作品の容器を軽く揺らしてみる。とろみのある液体がゆっくりと動く。その動きすら、どこか納得しきれていない。


「これじゃダメなのかな」


誰に聞くでもなく言葉が落ちる。

以前なら、すぐに右京くんとぶつかりながら答えを探していたはずなのに、今はその相手がいない。

何度もデータを見返して、成分表に線を引いて、消して、また戻してを繰り返す。そのたびに頭の中に浮かぶのは、あの言葉だ。

『成立してない』

あのときは悔しくて、悔しくて仕方なかったのに、今は少しだけ分かってしまう気がしている。

理想だけでは、形にならないことがあるということを。でも、それでもまだ手放したくない部分がある。


「もう少しだけ…もう少しだけ、いけるはずなんだけど」


そう言いながら、再び配合を調整する。どこかで、右京くんならこの先をどう繋ぐのか、答えを持っている気がしてしまうのが悔しいのに、同時にそれに頼れない今の自分が、少しだけ心細かった。


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