彼と彼女の、最大の不具合
『分割したほうがいいだろ。このままじゃ埒が明かない』
あのとき低い声でそう言った右京くんの顔が脳裏に浮かぶ。
あのとき、めちゃくちゃ怒ってたよなぁ…。右京くんは、やっぱり私と別々でやったほうがいいって思ってるんだろうか。
そう考えた瞬間、胸の奥がぎゅっと痛くなって、休憩室に入る気がすっと消えた。
せっかく来たけど戻ろう、そう決めて白衣のポケットに手を突っ込み、一歩後ずさった。
そのとき、トン、と背中に何かが当たる。
びくっとして顔を上げると、そこにいたのは右京くんだった。
「入らねーの?」
低くて少し掠れた声。
「(う、右京くんだ!生右京くんだ!久しぶりに声聞けたー!)」
同じラボにいるのに、最近は見てるだけで声すらまともに聞いていなかった。
癒しだ、完全に癒し。もはや推し。
「右京くんは、今から休憩?」
数日ぶりの会話に心臓がうるさいくらい鳴っているのを感じながらそう聞くと、右京くんは首に手を回して、ぐるりと軽く回しながら宙を見上げた。
「(……どうしたんだろう?)」
首を傾げて返事を待っていると、おもむろに彼が口を開いた。
「……今までで一番、行き詰まってる」
その言葉は思ったよりもずっと弱くて、思わず息を呑む。
「……私も」
ほとんど反射みたいに同じ言葉がこぼれた。
右京くんは腰に手を当てて、大きく息を吐き出しながら俯く。次の瞬間、ちら、と下から私の顔色を窺うように見上げてきた。
「だから、香坂にいてほしんだけど」
「へ?」
「配合、粘度、安定性、どれも数値としては悪くないんだよ」
右京くんの口から出るのは、まさに今私が頭を抱えていたポイントそのもので、思わず息を止める。
「でもスケール上げたときに、乳化が微妙にズレる、撹拌の剪断で構造が崩れて、あの感触が消える。俺一人だと、そこから先の答えが出ない。香坂のあの感触の作り方、再現できないんだよ」
まっすぐにそう言われて、頭が真っ白になる。
私、今…右京くんから必要とされてる?