彼と彼女の、最大の不具合
さっきまで、がんばろう!なんて息巻いていたはずなのに、ラボに戻って数十分後にはこの有様だ。
白衣の袖をまくり上げて、試作ビーカーの前でにらみ合うみたいに向き合っている私たちの間に、ぴりぴりとした空気が張り詰める。
「だから、ここだけは譲れないって言ってんの!」
思わず声が強くなる。
だって、このテクスチャーだけは絶対に外せない。肌に乗せた瞬間にすっとほどけて、でも内側にちゃんと留まるあの感触は、この処方の核なんだから。
「ちょっとは妥協しろって言ってんだよ!」
すぐさま返ってくる低い声。
右京くんは試作ノートを片手に、指先で数値を叩くみたいに示しながら眉を寄せている。
「この粘度域のままだと、量産ラインで再現性が出ない。撹拌の剪断で構造が崩れるって、さっきデータ見ただろ」
わかってる。そんなこと、わかってる!でも!
「それでも、この感触じゃなきゃ意味ないの!」
言い切った瞬間、胸の奥がぎゅっと熱くなる。感情が先に出ているのは自覚してる。でも止められない。
「意味はあるだろ。安定して供給できなきゃ、商品として成立しない」
淡々と返される言葉が、ぐさっと刺さる。正論だ。正論だけど、それだけじゃ届かないものがあるって、どうしてわかってくれないの。
「じゃあ、ただ安定してればいいの?どこにでもあるような使用感でいいの?」
一歩も引かずに睨み返すと、右京くんの眉間の皺がさらに深くなる。
「極端なこと言うな。誰もそんなこと言ってねぇよ。香坂の言ってる感触、俺だっていいと思ってる。でもな、それをそのまま工場に持ってっても、同じものは作れねぇんだよ」
言葉の一つ一つが、現実を突きつけてくる。