彼と彼女の、最大の不具合



試作品が出来上がったあの日から、時間の流れが少しだけ違って感じられた。

ラボの空気はいつも通りで、遠心機の音も、撹拌機の振動も、何も変わっていないはずなのに、試験用サンプルがQAに回った瞬間から、胸の奥だけがずっと落ち着かない。

それからの日々は、妙に長かった。
安定性試験の中間報告、海外規制の確認依頼、マーケからの軽い修正要望、それぞれが別のスピードで流れていくのに、肝心のQAの返答だけが来ない。時間だけが過ぎていく感覚が、やけに重い。

「まだか」「まだだな」それだけのやりとりが、いつの間にか日常になっていた。

ラボでは次の試作も進めているのに、頭のどこかはずっとあのロットに引っ張られている。

そして、ある日の夕方だった。いつも通りデータを眺めていたモニターの隅に、メール通知がぽつんと表示される。

件名:「QA評価結果通知」

一瞬、呼吸が止まった。指先が少しだけ震える。クリックするまでの数秒が、やけに長い。


「来た」


隣で右京くんが低く言う。

開いた画面に並ぶのは、淡々とした評価結果の文字列。安全性、安定性、規格適合、外観変化なし、異常なし。

そして――総合判定:適合。


「……通った」


自分の声なのに、自分のものじゃないみたいだった。次の瞬間、ラボの空気が一気に変わる。張りつめていた何かが、ふっとほどける感覚。


「通ったな」


右京くんが小さく息を吐く。その顔はいつも通り冷静なのに、ほんのわずかだけ肩の力が抜けているのがわかる。


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