彼と彼女の、最大の不具合
「香坂に聞くけど、どこが違うと思ってんの?」
「使用感の抜け方。ラボとラインで差が出る可能性ある」
「その差は許容範囲だって」
俺がそう返すと、香坂はほんの少しだけ視線を上げて、まっすぐこっちを見たまま揺らがずに言う。
「それは右京くんの基準でしょ。私は、あの、抜ける瞬間がこの処方の核だと思ってるの。それを崩したくない」
「崩す話はしてない」
俺はできるだけ冷静に返すけど、その直後に香坂のほうを見ると、まだ納得していないのが顔に出ていて、ほんの少しだけ眉が寄っているのが分かる。
こういう時のこいつは絶対に引かない。
じゃあどうするかと考えながらも、正直なところ毎回思うのは本音としては一回くらい折れてくれないかなという雑な感情だけれど、それを言ってしまうと全部崩れるのも分かっているから飲み込むしかない。
でもその一方で妥協しないからこそ今の処方がここまで来たのも事実で、そういう矛盾を抱えたままムスッと考え込んでいる香坂の顔を見ていると、少しだけ口元が緩みそうになる。
「(……ちょっとは妥協しろよ)」
心の中でだけ呟くけど、結局それも言葉にはならずに消えていって、気づけばまた別の考えが頭をよぎる。昨日、霧島に話したように、仕事としては成立させるのが最優先のはずなのに最近はどこかで香坂の反応を見て判断している自分がいて、それを自覚すると余計にやりづらいなと思う。
そんな空気のまま少しだけ止まった時間を割るみたいに水瀬がゆっくりと口を開いた。
「両方残す方法にすればいいんじゃない?」
「両方?」
「今の処方はそのまま。もう一個だけ、ライン条件寄せたやつ作る。使い分けできるように」
ようやく視界が少しだけ整理されていく感じがして、なるほどと心の中で落ちていく答えを感じながらも、横を見ると香坂はまだ完全には納得していない顔のまま。
それでもさっきよりは少しだけ止まり方が柔らかくなっていて、その微妙な変化に気づいてしまう自分がいて、また厄介だなと思ってしまった。