彼と彼女の、最大の不具合
ラボに戻ると、一足先に戻ってきていた香坂がパソコンを触っているのが目に入った。
白衣の袖からのぞく小さくて白い手が、キーボードの上を規則正しく動いていて、その動きだけがやけに目についてしまう。
俺のデスクから少しでも視界に入ってくる距離にいるせいで、意識しないようにしても勝手に視線が吸い寄せられる。
QAは通ったとはいえ、まだ終わりじゃない。工場側とのすり合わせ、法務、薬事、やることはいくらでも残っている。
「……。」
やらなきゃいけないのは分かってるのに、どうにも集中が戻らない。
結局立ち上がって、香坂のデスクのほうへ歩いた。
「香坂、今日予定ある?」
「え?」
香坂の手が一瞬止まる。
「仕事終わり」
周りに聞こえないように、少しだけ距離を詰めて、声を落とす。香坂がこちらを振り向いて、目が合う。
「今日は、空いてるけど…」
「この前言ってた、店頭に並んでる商品見に行こうってやつ。今日行かない?」
グローバル新製品の前にやっていた化粧水の話だ。まあ、見に行こうって言ったのも居酒屋ひとときでの話だし、忘れていてもおかしくはないけれど。