彼と彼女の、最大の不具合
はあ、とわざとらしくため息をついて立ち上がった香坂の腕を掴むと、そのまま軽く引いた。
「お疲れ様でーす」
わざと明るい声でフロアにいる同僚へ挨拶しながら歩き出す。
「ちょっと、右京くん!?」
香坂の戸惑った声が後ろから追いかけてくるが、もう止まる気はなかった。周囲の視線が一斉にこちらに向くのを感じる。
エレベーターまでの短い廊下でも、すれ違う社員たちが驚いた顔でこちらを見る。普段なら気にするはずの視線も、今はどうでもいい。
「右京くん、どうしたのっ?」
不安そうに覗き込んでくる香坂の声が耳に刺さる。どうしたもこうしたも、こっちが聞きたいくらいだ。理由なんて自分でもはっきりしないのに、胸の奥だけがずっと落ち着かない。
エレベーターが到着して扉が開くと、逃げるようにその中へ入り込み、ようやく繋いでいた手を離した。
「右京くん…?」
「……っ、」
だめだ、余裕がなさすぎる。こんなの、ただの同僚に向ける態度じゃないって分かってるのに、止められない。
香坂に恋愛対象として見られていないことくらい、最初から分かっていたはずだ。仕事終わりにふたりで飲みに行くことはあっても、それはただの延長線上でしかなくて、特別な意味なんてどこにもない。