彼と彼女の、最大の不具合
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目を開けると、見慣れた天井が視界いっぱいに広がっていた。
ぼんやりとしたまま瞬きを繰り返して、ゆっくり体を起こすと、しわの寄ったスーツのままの自分が目に入る。
「……。」
え?昨日、スーツのまま寝た?
いや、それよりも——昨日、なにがあった?
嫌な予感がじわじわと胸の奥から広がっていく。枕元に置いてあったスマホに手を伸ばして、画面をタップする。ロック画面に表示された「6:30」の数字を見て、反射的にほっと息をつく。
「……いや、よかったじゃなくて」
全然よくねーよ。時間の問題じゃない。昨日の記憶が、見事なまでに抜け落ちている。
香坂と仕事終わりに百貨店へ行って、自分たちの作ったスキンケアを見て、それからいつもの流れで居酒屋ひとときに入った——そこまでは思い出せるのに、その先が、まるで切り取られたみたいに何もない。
「……?」
嫌な汗が背中を伝う。
まずい。ひとときに入ってからの記憶が、完全に飛んでいる。
よろよろと立ち上がって、まだ重い頭を抱えたままリビングへ向かうと、テーブルの上に見覚えのないペットボトルの水が置いてある。ラベルも開封された形跡も、自分で買ったのかどうかすら思い出せない。
ぜんっぜん覚えてねー!
どうしよう、もし変なことしてたら。断片的に、エレベーターの中での会話とか、カウンターでのやり取りとかが頭の奥に引っかかるのに、肝心なところだけが霧みたいにぼやけている。
半ば放心状態のまま、とりあえずシャワーを浴びて頭を冷やそうとするけど、水を浴びても記憶は戻らない。むしろ、嫌な予感だけがどんどん鮮明になっていく。その後も何も思い出せないまま、ギリギリ出社できる程度の二日酔いを引きずって家を出る。
「(……まじで、会いたくない)」
こんなふうに思ったのは初めてだった。
会社に着いて、いつも通りのオフィスに足を踏み入れる。
そして——視線の先に、香坂を見つけた瞬間、ドクン、と大きく心臓が鳴った。
まずい。完全にまずい。何も思い出せないくせに、体だけが反応してる。
「(平常心、平常心…)」
心の中で何度も繰り返しながら、自分のデスクへ向かう。
いつも通りに、いつも通りに振る舞え。
そう言い聞かせるのに、香坂の存在が視界に入るだけで、どうしても意識が引っ張られてしまう。