彼と彼女の、最大の不具合
そのまま議論は、一気に具体的な処方の話へと進んでいった。山口がタブレットを操作しながら成分リストを呼び出し、右京くんがサンプルのテクスチャをもう一度確かめる。
「揮発系を少し足して、初速を軽くするのはありだと思うんですけど…その分、あと残りの保湿をどう担保するかですね」
山口がそう言うと、右京くんが小さく頷いた。
「内部の水分保持でカバーするしかないですね。表面に残さずに、ちゃんと中で効かせる設計」
「ナノ化のバランス、もう一段詰める必要ありますね」
二人の会話を聞きながら、私はさっき自分が触った感触を頭の中で反芻する。
先に残っていた、あのわずかな違和感。なじんだはずなのに消えきらなかった“膜感”。それがもし消えたらどうなるだろう。もっと自然に、何もなかったみたいに肌に溶け込んでいく感覚。塗ったことすら忘れてしまうくらい軽いのに、気づいたときにはちゃんと潤っている——そんなイメージが、ゆっくりと輪郭を持ち始める。
「あと、香りはこのまま活かしたい。最初に手に取ったときの“好きかも”っていう感覚も。あれは残したい」
あの瞬間の感覚を思い出す。手に取ったとき、ふわっと広がった香り。まだ何も分からない段階で、直感的に「いいかも」と思えたあの一瞬。それは数字でも理屈でも説明できないけど、確実に“使いたい”につながる大事な入口だと思う。
はっきりそう言い切ると、ほんの一瞬だけ空気が静かになる。でもすぐに、山口が「分かります」と間髪入れずに返してきた。
「じゃあ香りは据え置きで、基剤だけ調整する方向でいきましょうか」
右京くんもそれに乗るように、「それで一回試作回そう」と短く言った。
よかった。いつもみたいに右京くんと喧嘩しちゃったらどうしようと思ったけど。いや、一瞬しかけたけれども。これならスムーズに進みそうだ。