恋から逃げるのには理由(わけ)があって
世界が止まった。

サイレンが鳴っている。
誰かが叫んでいる。
救急隊員が駆け寄ってくる。
私の肩に誰かの手が触れる。

でも、私は動けなかった。

太陽が死んだ。

その事実だけが、頭の中で形にならないまま、何度も落ちてくる。

目の前に、太陽がいる。
私を庇って刺された太陽が。
私の夫が。
私の王子様が。

濡れた地面に横たわっている。

赤が広がっている。
黒いコートの下から、信じたくない赤が溢れている。

私は自分の手を見た。
太陽の血で染まっていた。

あたたかい。
まだ、あたたかい。

そのあたたかさが、何より怖かった。

「いや……」

声が出た。

「いや、いやだ、いやだ、太陽くん、起きて、お願い、起きて……」

救急隊員が何か言っている。
私を離そうとしている。
でも、離せなかった。

離したら本当に終わってしまう気がした。

「生きてよ……」

何度目かわからない言葉が、喉からこぼれた。

「私のために、生きてよ……」

視界が滲む。
光が伸びる。
赤い回転灯が、雨上がりの夜を切り裂いて、何度も何度も太陽の顔を照らす。

その顔は、もう動かない。

私の中で、何かがぷつりと切れた。

音が遠くなる。
体の感覚が消える。
誰かが私の名前を呼んでいるような気がした。

向日葵。

太陽の声だったのか。
それとも、ただの記憶だったのか。

わからない。

最後に見えたのは、太陽の血に濡れた自分の手だった。

そして、意識が落ちた。
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