恋から逃げるのには理由(わけ)があって
第15話 少しずつずれる日常
――現在。
私はアパートの床に座り込んだまま、自分の両手を見つめていた。
赤くない。
血の匂いもしない。
太陽の手が、私の手の中で力を失っていく感触も、今ここにはない。
ここは二度目の人生の私の部屋だ。
太陽と結婚していない、風早向日葵の部屋。
鍵もチェーンもかかっていて、冷蔵庫には苦めのカラメルのプリンがあり、ローテーブルの上には畳みかけの洗濯物がある。
現実確認の素材が庶民的すぎる。
だが今は、その庶民感にすがりたい。
太陽は生きている。
駅前の高級マンションに住んでいて、私が昨夜川沿いでひどい言葉をぶつけたあとも、ちゃんと距離を取ってくれている。
スマホを拾い上げると、昨夜のメッセージが残っていた。
『今日はごめん。触れないって約束したのに、破った』
その下に、少し時間を置いてもう一通。
『返事しなくていい。ちゃんと寝て』
たったそれだけ。
会いたいとも、話したいとも、結婚しようとも書いていない。
太陽は、本当に私が嫌がる線を踏まないようにしている。
その優しさが、私の胸をまた静かに押した。
「……だから困るんだってば」
私はスマホを伏せた。
太陽を遠ざける。
太陽を生かす。
そのために私は、彼に嫌われてもいい覚悟でいる。
いるはずなのに。
太陽が一歩引くたび、私はなぜか胸の奥で息を止めてしまう。
私はアパートの床に座り込んだまま、自分の両手を見つめていた。
赤くない。
血の匂いもしない。
太陽の手が、私の手の中で力を失っていく感触も、今ここにはない。
ここは二度目の人生の私の部屋だ。
太陽と結婚していない、風早向日葵の部屋。
鍵もチェーンもかかっていて、冷蔵庫には苦めのカラメルのプリンがあり、ローテーブルの上には畳みかけの洗濯物がある。
現実確認の素材が庶民的すぎる。
だが今は、その庶民感にすがりたい。
太陽は生きている。
駅前の高級マンションに住んでいて、私が昨夜川沿いでひどい言葉をぶつけたあとも、ちゃんと距離を取ってくれている。
スマホを拾い上げると、昨夜のメッセージが残っていた。
『今日はごめん。触れないって約束したのに、破った』
その下に、少し時間を置いてもう一通。
『返事しなくていい。ちゃんと寝て』
たったそれだけ。
会いたいとも、話したいとも、結婚しようとも書いていない。
太陽は、本当に私が嫌がる線を踏まないようにしている。
その優しさが、私の胸をまた静かに押した。
「……だから困るんだってば」
私はスマホを伏せた。
太陽を遠ざける。
太陽を生かす。
そのために私は、彼に嫌われてもいい覚悟でいる。
いるはずなのに。
太陽が一歩引くたび、私はなぜか胸の奥で息を止めてしまう。