恋から逃げるのには理由(わけ)があって
その時、隣の部屋のドアがまた開く音がした。

「……あらまあ」

佐伯である。

アパート内良識代表は朝も強い。

私は反射的にドアを開けた。

佐伯は、太陽とスーツケースを交互に見て、にこにこと目尻を下げた。

「まあ、向日葵ちゃん。お引っ越し?」

「違います!」

声が裏返った。

「違います。絶対に違います。これは、その、知り合いが、荷物を、間違って」

「俺が持ってきました」

「正直に言わなくていい!」

太陽はマスクを外して、佐伯に丁寧に頭を下げた。

「昨日はお騒がせしました。朝早くにすみません」

「まあまあ、ご丁寧に。向日葵ちゃんのお友達は礼儀正しいのねえ」

友達。
その平和な単語が今ほど遠く感じたことはない。

これ以上、廊下で話すのは危険すぎる。

私はチェーンを外し、太陽とスーツケースを玄関に押し込んだ。
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