恋から逃げるのには理由(わけ)があって
絵里奈が車内から出ると、太陽の腕に軽く手を添えた。

「太陽さん、今日はありがとうございました。生放送、すごく心強かったです」

甘い声だった。
テレビで聞いた清楚な声より、少しだけ近くて、少しだけ強い。

彼女の指が、太陽の袖を滑る。

太陽はほんの一瞬だけ視線を落とし、それから自然に体を半歩引いた。
乱暴ではない。
失礼でもない。
けれど、はっきり距離を作る動きだった。

「こちらこそ。送ってくれてありがとうございます」

声は穏やかだった。
仕事用の、きちんと整えた声。

「でも、ここで大丈夫です。朝比奈さんも遅いので、気をつけて帰ってください」

「もう少しお話ししたかったのに」

絵里奈は笑った。
綺麗な笑顔だった。
でも、その笑顔の奥に、ほんの少しだけ圧があった。

「明日の取材、またよろしくお願いします」

太陽は、やわらかく、けれど隙なく返した。

絵里奈は一瞬だけ目を細めたが、すぐに笑顔に戻った。

「では、また明日」

太陽は小さく会釈した。

運転席の男がバックミラー越しに太陽を見た。
その目が、街灯の下で一瞬だけ光った。

私は、息ができなかった。

車が走り去る。

太陽はそれを見送っていた。
テールランプが角を曲がり、完全に見えなくなったあと、彼は小さく息を吐いた。

ほっとしたような、疲れたような息だった。

その瞬間、彼の視線がこちらへ向いた。

「……向日葵?」

終わった。
< 137 / 179 >

この作品をシェア

pagetop