恋から逃げるのには理由(わけ)があって
「俺は信じる」

短い言葉だった。

私は目を見開いた。

「でも、証拠がない」

自分で言って、喉が詰まった。

そうだ。
証拠がない。

私は一度目の人生で見た。
殺された太陽を、この腕に抱いた。
血の匂いも、太陽の最後の声も、全部覚えている。

でも、それはこの世界ではまだ起きていない。

警察に言えるだろうか。

「前の人生で、大空太陽は朝比奈絵里奈のマネージャーに殺されました」

無理だ。
受付の人に通報者の精神状態を心配される案件である。
下手をしたら、私が保護される。いや、それはそれで保護対象なのかもしれないが、方向性が違う。

太陽も、同じ現実に気づいている顔をしていた。

「今の時点で橘を訴えることはできない」

「……うん」

何もできない。

その言葉が、重く落ちる。

せっかく犯人がわかったのに。
太陽を殺した男が、目の前にいたのに。
私はただ自動販売機の影に隠れて震えていただけだった。
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