恋から逃げるのには理由(わけ)があって
「じゃあ、どうすれば……」

言いかけた瞬間、膝から力が抜けそうになった。

太陽が一歩踏み出しかけて、途中で止まる。
触れない。
約束を守るみたいに、手を伸ばしかけたまま、彼は止まった。

その小さな我慢が、今は苦しいくらいに優しかった。

「触れていい?」

低い声で聞かれた。

私は少しだけ、泣きそうになりながらうなずいた。

次の瞬間、太陽の手が私の肩に触れた。

強くない。
逃げようと思えば逃げられるくらい。
でも、ちゃんとそこにいてくれる手だった。

「大丈夫じゃないよな」

「……大丈夫って言ったら、怒る?」

「怒らない。でも信じない」

その返しに、こんな状況なのに、少しだけ息が漏れた。

私は太陽のシャツをつかみそうになって、ぎりぎりでこらえた。
代わりに、自分のエコバッグを握りしめる。

中身は空だ。
卵も牛乳も買えていない。
犯人を見つけた夜にエコバッグを握りしめている自分、あまりにも生活感が強い。
でも、その空っぽの布が、私を今の現実につなぎ止めてくれた。
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