恋から逃げるのには理由(わけ)があって
「変えられるかもしれない」

その言葉を口にした瞬間、夜の冷たさが少しだけ薄れた気がした。

太陽が静かにうなずいた。

「変える」

その短い返事に、胸が震えた。

「まず新庄に話す。俺のマネージャーだ。信頼できる。橘との接点、移動ルート、プロモーション現場での動き、全部確認してもらう。事務所にも、朝比奈さん側との仕事の距離を見直してもらう」

「私の話は?」

「全部をすぐには言わなくていい。前の人生のことまで話せば、混乱する。ただ、橘に危険を感じた理由があると伝える。向日葵のことは必要以上に出さない」

「でも、私が見たって言わないと」

「言うなら、俺が見たことにする」

「だめ」

私は即答した。

太陽が少し驚いた顔をした。

「向日葵」

「今まで逃げることしか考えていなかった私が言うのもだけど……。太陽くんだけが前に出たら、また同じになる気がする」

声が震えた。
でも、止めなかった。

「一度目も、あなたは私を守るために前に出た。今も、私を隠して自分だけで動こうとしてる。でも、それじゃだめ。私は守られるだけじゃ、また同じところに戻る気がする」

太陽は黙った。

「怖いよ」

私は正直に言った。

「今も怖い。さっきから足、ちょっと震えてるし、スーパーに行くつもりだったのに卵も買えてないし、私の夕飯計画は完全に破綻した」

「そこも大事なんだ」

「大事です。人間は食べないと戦えません」

「うん」

太陽の目元が、少しだけやわらかくなった。

私は続けた。

「でも、逃げてるだけじゃ太陽くんを守れないって、やっとわかった」

その言葉は、自分の中に深く沈んだ。
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