恋から逃げるのには理由(わけ)があって
私はずっと、恋から逃げればいいと思っていた。
太陽を遠ざければ、未来は変わると。
私が彼の隣に立たなければ、彼は死なないと。

でも、違う。

太陽を殺した男は、私たちの恋の外側から現れたわけではなかった。
仕事、噂、嫉妬、作られた物語、秘密。
全部が絡み合って、あの夜へ向かっていた。

逃げるだけでは、見えない。
見えないものは、防げない。

「向き合わないと、変えられない」

私は太陽を見た。

「運命からも、橘蓮司からも……」

太陽は、少しだけ姿勢を正した。

「向日葵。俺も言う」

「はい」

「俺は、君を守りたい。でも、もう君を置いて前に出るだけにはしない」

その言葉に、息が止まった。

「一度目の俺がどう動いたのか、今の俺には全部はわからない。でも、君を守って死んだなら、きっと後悔はしてない」

「やめて」

反射的に声が出た。

太陽はすぐに言い直した。

「でも、今の俺は死なない。君を置いていかない。君にも、一人で背負わせない」

低い声だった。
強くて、静かな声。

「一緒に変えよう」

胸の奥で、何かがほどけた。

一緒に。

その言葉が、こんなにも怖くて、こんなにもあたたかいものだと知らなかった。

「……うん」

私は小さくうなずいた。

「一緒に、変えよう」

太陽の手が、私の肩からゆっくり離れた。
でも、距離は離れなかった。
触れなくても、隣にいるとわかる距離だった。

まだ怖い。
未来は変えられるかもしれないけれど、確かなことは何もない。

でも、今度は一人じゃない。

太陽はスマホを取り出し、新庄へ短いメッセージを送った。
表情は真剣だった。

私は、その横顔を見つめた。

一度目の人生で、私はこの人を失った。
二度目の人生で、私はこの人から逃げようとした。

でも今、私たちは同じ方向を見ている。

恋から逃げるのには理由があった。
太陽を死なせたくなかったから。
もうあの痛みを繰り返したくなかったから。

けれど、逃げるだけでは守れない。

守るために、私は立ち向かわなければならない。

運命にも。
犯人にも。
そして、太陽を好きだという、自分の気持ちにも。

太陽が顔を上げた。

「行こう、向日葵」

私はうなずいた。

夜の路地を離れる一歩目は、まだ震えていた。

けれど、その震えはもう、逃げるためだけのものではなかった。
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