恋から逃げるのには理由(わけ)があって
第21話 向日葵の答え
「行こう、向日葵」
太陽の声は、夜の路地の冷たさの中でも、はっきりと届いた。
私はうなずいた。
けれど、一歩目を踏み出した足はまだ頼りなかった。
古いビルの壁。
街灯に濡れたように光るアスファルト。
さっきまで黒い車が止まっていた場所。
そこに、もう橘蓮司はいない。
朝比奈絵里奈もいない。
ただ、夜の空気だけが残っている。
それなのに、私の目にはまだ運転席の男の顔が焼きついていた。
一度目の人生で、刃物を持って私に走ってきた男。
太陽を殺した男。
その男が、今の人生では朝比奈絵里奈のマネージャーとして、太陽のすぐ近くにいる。
「向日葵の家まで送っていく」
横から声がした。
太陽は、私に触れない距離を保ったまま、ゆっくり歩いていた。
近すぎない。
でも、離れすぎない。
私は反射的に顔を上げた。
「でも」
「あの話を聞いた直後に、向日葵を一人で歩かせることはできない」
その言い方が、強引ではなくて、ただ真剣だったから。
私は言い返す言葉をなくした。
「わかった」
そう返すと、太陽は少しだけ肩の力を抜いた。
けれど、すぐに真剣な顔に戻る。
「向日葵」
「はい」
「さっき話してくれたこと、もう一度だけ確認していい?」
胸がぎゅっと縮んだ。
でも、逃げなかった。
「うん」
「前の人生で、俺たちは結婚してた」
「うん」
「秘密の結婚だった」
「うん」
「橘蓮司が君を襲って、俺が庇って死んだ」
その言葉だけは、胸に刃が入るみたいだった。
私は、うなずいた。
太陽は目を伏せた。
その横顔が痛いほど静かで、私は思わず言った。
「ごめん」
「どうして向日葵が謝るの」
「だって、私のせいで」
「違う」
即答だった。
太陽は、まっすぐ私を見た。
「それだけは違う」
「でも」
「向日葵が襲われたのは、向日葵のせいじゃない。俺が君を庇ったのは、俺がそうしたかったからだ」
「そんなふうに言わないで」
声が震えた。
「そう言われると、余計に苦しい。太陽くんはいつもそう。自分で選んだみたいに言う。後悔してないみたいに言う。でも残された私は、どうしたらいいかわからなかった」
一度言葉が出ると、止まらなかった。
「血が止まらなくて、手が冷たくなって、あなたが最後に生きてって言って、それで目が覚めたらプロポーズの日に戻ってた。怖かった。嬉しかった。生きてるって思って、でもまた死なせるかもしれないって思ったら、もうどうしていいかわからなかった」
視界が滲む。
「私、あなたに生きてって言ったでしょう。子どものころ。私のために生きてって。あれが、あなたを縛ったのかなって。王子様にならなきゃって、迎えに来なきゃって、私があなたの人生を重くしたのかなって」
太陽の目が、静かに揺れた。
「向日葵」
太陽の声は、夜の路地の冷たさの中でも、はっきりと届いた。
私はうなずいた。
けれど、一歩目を踏み出した足はまだ頼りなかった。
古いビルの壁。
街灯に濡れたように光るアスファルト。
さっきまで黒い車が止まっていた場所。
そこに、もう橘蓮司はいない。
朝比奈絵里奈もいない。
ただ、夜の空気だけが残っている。
それなのに、私の目にはまだ運転席の男の顔が焼きついていた。
一度目の人生で、刃物を持って私に走ってきた男。
太陽を殺した男。
その男が、今の人生では朝比奈絵里奈のマネージャーとして、太陽のすぐ近くにいる。
「向日葵の家まで送っていく」
横から声がした。
太陽は、私に触れない距離を保ったまま、ゆっくり歩いていた。
近すぎない。
でも、離れすぎない。
私は反射的に顔を上げた。
「でも」
「あの話を聞いた直後に、向日葵を一人で歩かせることはできない」
その言い方が、強引ではなくて、ただ真剣だったから。
私は言い返す言葉をなくした。
「わかった」
そう返すと、太陽は少しだけ肩の力を抜いた。
けれど、すぐに真剣な顔に戻る。
「向日葵」
「はい」
「さっき話してくれたこと、もう一度だけ確認していい?」
胸がぎゅっと縮んだ。
でも、逃げなかった。
「うん」
「前の人生で、俺たちは結婚してた」
「うん」
「秘密の結婚だった」
「うん」
「橘蓮司が君を襲って、俺が庇って死んだ」
その言葉だけは、胸に刃が入るみたいだった。
私は、うなずいた。
太陽は目を伏せた。
その横顔が痛いほど静かで、私は思わず言った。
「ごめん」
「どうして向日葵が謝るの」
「だって、私のせいで」
「違う」
即答だった。
太陽は、まっすぐ私を見た。
「それだけは違う」
「でも」
「向日葵が襲われたのは、向日葵のせいじゃない。俺が君を庇ったのは、俺がそうしたかったからだ」
「そんなふうに言わないで」
声が震えた。
「そう言われると、余計に苦しい。太陽くんはいつもそう。自分で選んだみたいに言う。後悔してないみたいに言う。でも残された私は、どうしたらいいかわからなかった」
一度言葉が出ると、止まらなかった。
「血が止まらなくて、手が冷たくなって、あなたが最後に生きてって言って、それで目が覚めたらプロポーズの日に戻ってた。怖かった。嬉しかった。生きてるって思って、でもまた死なせるかもしれないって思ったら、もうどうしていいかわからなかった」
視界が滲む。
「私、あなたに生きてって言ったでしょう。子どものころ。私のために生きてって。あれが、あなたを縛ったのかなって。王子様にならなきゃって、迎えに来なきゃって、私があなたの人生を重くしたのかなって」
太陽の目が、静かに揺れた。
「向日葵」