恋から逃げるのには理由(わけ)があって
彼は立ち止まって、ただ言葉だけをまっすぐ差し出した。

「向日葵。君の『生きて』が今の俺をつくった」

私も思わず立ち止まった。

「縛られたんじゃない。救われたんだ」

太陽の声は、低くて、あたたかかった。

「あの病室で、俺は本当に未来を手放しかけてた。痛いのも、苦しいのも、母さんが泣くのも、全部嫌だった。自分がいなくなったほうが、みんな楽になるんじゃないかって思ってた」

胸が締めつけられる。

「でも、向日葵が怒ってくれた。泣きながら、俺がいないと嫌だって言ってくれた。私のために生きてって言ってくれた」

太陽は、小さく息を吐いた。

「それで初めて、俺は自分が消えることを悲しむ人がいるって信じられた」

涙が落ちた。
今度は止められなかった。

「王子様になろうとしたのも、俳優になったのも、向日葵に言われたからだけじゃない。君がくれた命で、俺が選んだ人生だ。だから、その責任まで君が背負わないで」

「太陽くん……」

「俺は、君に生かされた。でも、君の重荷になるために生きてきたわけじゃない」

その言葉は、胸の奥に絡まっていた固い糸を、ゆっくりほどいていった。
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