恋から逃げるのには理由(わけ)があって
絵里奈の表情が歪んだ。
その瞬間、橘が立ち上がった。

「あの方に失礼だ」

警備員が一歩近づく。
新庄が冷静に言った。

「橘さん、座ってください。あなたについては、すでに警察へ資料を提出しています」

「警察?」

「違法な個人情報取得と脅迫、金銭の不正授受。さらに、複数の匿名アカウントでの虚偽情報流布。逮捕状が出るほどではないと思って油断していたかもしれませんが、今朝、関係者の一人が証言しました」

橘の顔から血の気が引いた。

扉が開いた。

入ってきたのは、事務所の顧問弁護士と、私服の警察関係者だった。

会議室が一気に現実の重さを帯びる。

橘は逃げようとした。
けれど、警備員に止められた。

その動きの中で、彼の目が私を見た。

一度目と同じ目。

背中が冷える。
でも、今度は太陽が私の前に飛び出す必要はなかった。
新庄が立っている。
警備員がいる。
証拠がある。
私たちは準備してここに来た。

橘は取り押さえられながら、低く叫んだ。

「絵里奈様は悪くない! あの方は、太陽さんにふさわしいだけだ!」

朝比奈絵里奈の顔が、初めてはっきり青ざめた。

その言葉が、すべてを壊したのだと思う。

彼女が築いてきた清純派の透明な膜が、音もなくひび割れていく。

「違う、私は……」

絵里奈の声は、もうカメラの前の声ではなかった。

新庄が、静かに最後の資料を差し出した。

「朝比奈さん。あなたが橘さんに『太陽さんの周りの女を調べて』と送った記録です。風早さんの会社周辺での撮影指示も含まれています」

絵里奈は何も言えなかった。

その沈黙が、答えだった。
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