恋から逃げるのには理由(わけ)があって

第4話 シャツ一枚で料理する男は逮捕したい

その言葉を口にしたあと、私はようやく玄関から離れた。

鍵、よし。
チェーン、よし。
心の防犯システム、作動中。

ただし胸の奥だけ、警報が鳴りっぱなしだった。

「……落ち着け、向日葵」

私は自分に言い聞かせ、冷蔵庫を開けた。
中には飲みかけの麦茶、使いかけの味噌、賞味期限と静かに交渉中の卵が二つ。

生活感。
すばらしい。
世界的俳優もプロポーズも高級マンションも、この冷蔵庫の前では無力である。たぶん。そうであってほしい。

けれど、胃は正直だった。

昨日の冷やし中華は結局、半分も食べられなかった。朝も、太陽のスーツケース襲撃事件で食欲がどこかへ逃げた。私の食欲、戻ってきて。君まで逃げるな。逃げるのは私だけでいい。
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