恋から逃げるのには理由(わけ)があって
エピローグ
控室に戻った瞬間、私は崩れ落ちた。
比喩ではない。
本当に、ソファへ倒れ込んだ。
「向日葵!」
太陽が慌てて駆け寄ってくる。
さっきまで何百人もの観客の前で片膝をつき、世界中に向けてプロポーズしていた男が、今は控室のソファ前で完全に狼狽している。
貴重映像である。
誰か撮っていないか。いや撮らなくていい。私の魂が抜けかけている姿までセットで残る。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
「どこか痛い?」
「胃が。明日からを考えると」
太陽は一瞬固まり、それから少し笑った。
「明日の出社、そんなに怖い?」
「怖いに決まってるでしょ! 会社の備品管理表を守ってきた普通の事務員が、映画の舞台挨拶で世界的俳優にプロポーズされた。総務部の給湯室、明日たぶん戦場だから」
「俺も行こうか」
「来ないで! 戦場が拡大するだけだから」
控室の隅で、新庄が資料をまとめながら淡々と言った。
「すでに各社報道は出始めています。明朝までに主要ニュースサイトは一巡するでしょう」
「実況しないでください!」
「事実です」
事実がいちばん怖い。
私は左手を見た。
薬指には、さっき太陽が通してくれた指輪がある。
家の中でだけこっそりつけていた一度目の人生とは違う。
今回は、光の中で、たくさんの拍手の中で、この指輪をもらった。
もう隠していない。
もう逃げていない。
その事実に胸がいっぱいになりすぎて、私は思わず指輪をじっと見つめた。
「向日葵」
太陽の声がやわらかくなる。
「後悔してる?」
私は顔を上げた。
その目が、少しだけ不安そうだった。
世界中に祝福されても、私の返事ひとつで揺れる人。
ああ、本当にこの人は、どこまで行っても太陽なのだ。
「してないよ」
私は笑った。
比喩ではない。
本当に、ソファへ倒れ込んだ。
「向日葵!」
太陽が慌てて駆け寄ってくる。
さっきまで何百人もの観客の前で片膝をつき、世界中に向けてプロポーズしていた男が、今は控室のソファ前で完全に狼狽している。
貴重映像である。
誰か撮っていないか。いや撮らなくていい。私の魂が抜けかけている姿までセットで残る。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
「どこか痛い?」
「胃が。明日からを考えると」
太陽は一瞬固まり、それから少し笑った。
「明日の出社、そんなに怖い?」
「怖いに決まってるでしょ! 会社の備品管理表を守ってきた普通の事務員が、映画の舞台挨拶で世界的俳優にプロポーズされた。総務部の給湯室、明日たぶん戦場だから」
「俺も行こうか」
「来ないで! 戦場が拡大するだけだから」
控室の隅で、新庄が資料をまとめながら淡々と言った。
「すでに各社報道は出始めています。明朝までに主要ニュースサイトは一巡するでしょう」
「実況しないでください!」
「事実です」
事実がいちばん怖い。
私は左手を見た。
薬指には、さっき太陽が通してくれた指輪がある。
家の中でだけこっそりつけていた一度目の人生とは違う。
今回は、光の中で、たくさんの拍手の中で、この指輪をもらった。
もう隠していない。
もう逃げていない。
その事実に胸がいっぱいになりすぎて、私は思わず指輪をじっと見つめた。
「向日葵」
太陽の声がやわらかくなる。
「後悔してる?」
私は顔を上げた。
その目が、少しだけ不安そうだった。
世界中に祝福されても、私の返事ひとつで揺れる人。
ああ、本当にこの人は、どこまで行っても太陽なのだ。
「してないよ」
私は笑った。