恋から逃げるのには理由(わけ)があって
――翌日、総務部の給湯室は、予想通り戦場だった。
「風早さん!」
「ニュース見ました!」
「え、ていうか大空太陽って、あの大空太陽ですか!?」
「指輪! 指輪見せてください!」
「昨日の舞台挨拶、配信で見て号泣しました!」
私はマグカップを持ったまま、全方位から集中砲火を浴びた。
想定内。
想定内ではある。
だが実際に浴びると、想定内でもしんどい。避難訓練と本物の地震が違うのと同じである。
その中で、志村だけが少し離れた場所に立ち、いつもの穏やかな顔で言った。
「風早さん、コピー機が紙詰まりしました」
「今それ!?」
「避難経路です」
天才か。
私は「ちょっとコピー機を救ってきます」と宣言し、給湯室から脱出した。
廊下に出ると、志村が小さく笑った。
「おめでとうございます」
短い言葉だった。
でも、まっすぐだった。
私は少しだけ胸が熱くなった。
「ありがとう」
「幸せそうでよかったです」
その言い方が、あまりにも静かで優しかったから、私はふざけずにうなずいた。
「うん。やっと、ちゃんと幸せ」
志村は、ほんの少しだけ目元をやわらかくした。
「それなら、よかったです」
いい後輩だ。
本当にいい後輩だ。
コピー機に勝てるうえに人間性まで高い。会社は彼に特別手当を出すべきである。
「風早さん!」
「ニュース見ました!」
「え、ていうか大空太陽って、あの大空太陽ですか!?」
「指輪! 指輪見せてください!」
「昨日の舞台挨拶、配信で見て号泣しました!」
私はマグカップを持ったまま、全方位から集中砲火を浴びた。
想定内。
想定内ではある。
だが実際に浴びると、想定内でもしんどい。避難訓練と本物の地震が違うのと同じである。
その中で、志村だけが少し離れた場所に立ち、いつもの穏やかな顔で言った。
「風早さん、コピー機が紙詰まりしました」
「今それ!?」
「避難経路です」
天才か。
私は「ちょっとコピー機を救ってきます」と宣言し、給湯室から脱出した。
廊下に出ると、志村が小さく笑った。
「おめでとうございます」
短い言葉だった。
でも、まっすぐだった。
私は少しだけ胸が熱くなった。
「ありがとう」
「幸せそうでよかったです」
その言い方が、あまりにも静かで優しかったから、私はふざけずにうなずいた。
「うん。やっと、ちゃんと幸せ」
志村は、ほんの少しだけ目元をやわらかくした。
「それなら、よかったです」
いい後輩だ。
本当にいい後輩だ。
コピー機に勝てるうえに人間性まで高い。会社は彼に特別手当を出すべきである。