恋から逃げるのには理由(わけ)があって
「……偶然ですね」

「うん。偶然」

「本当に?」

「本当に。近くのスーパーに来ただけだよ」

そう言いながら、太陽の視線が、私のカゴに落ちた。
カップスープ、ゼリー飲料、冷凍うどん、安売りのプリン。

「昼、それ?」

「ダイエット中なの」

太陽は少しだけ笑った。
それから、真顔に戻る。

「顔色が悪い」

「生まれつきです」

「目の下、影がある」

「メイクです」

「昨日、あまり寝てない?」

観察眼が鋭い。
俳優の役作りで鍛えたのか、昔からの癖なのか、こちらの逃げ道を一つずつふさいでくる。やめてほしい。非常口は常に確保しておきたい派です。

「……寝ました」

「食べてる?」

「……これから食べます」

「俺が作る」

「なぜそうなる」

「作りたい」

「願望を人の昼食にぶつけないでください」

「向日葵の部屋には行かない。約束したから」

そこは守るらしい。
よかった。いや、よくない。続きが読めるからだ。

「だから、俺の部屋で作る」

「その選択肢、私の中にはありません」

「食べたらすぐ帰っていい。結婚の話もしない。触れない。無理強いしない」

先に条件を並べられて、私は口をつぐんだ。
こちらが言おうとしたことを、ほとんど先回りされた。

「嫌なら断って。俺はここで引く」

そう言って、太陽は本当に一歩下がった。
その距離の取り方が、ずるかった。

私のお腹が、その瞬間、控えめとは言いがたい音を立てた。

沈黙。

太陽が、ものすごく真剣な顔で聞かなかったふりをした。

その優しさが逆に恥ずかしい。

「……一時間だけです」

「うん」

「結婚の話、禁止」

「わかった」

「半径一メートル以内の接近禁止」

「努力する」

昨日から信用の薄い努力がまた出た。

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