恋から逃げるのには理由(わけ)があって
レジを抜けるころには、私の袋は予想以上に重くなっていた。
洗剤と牛乳と卵とトイレットペーパー。生活の重量である。

「持つよ」

「持てます」

「さっきから右肩が下がってる」

「観察しないでください」

「じゃあ、半分だけ」

太陽は私の返事を待たず、重い袋を自然に持ち上げた。

「返してください」

「アパートの前で返す」

「勝手に目的地を決めないでください」

「転んだら困る」

「転びません」

そう言った直後だった。

スーパーを出た先の歩道は、昼間に降った雨のせいで少し濡れていた。
商店街の端、古い店先の段差に、私の靴先がひっかかった。

「あ」

体が前に傾く。
卵の入った袋が揺れる。
視界がぐらりと傾いて、地面が近づく。

まずい。
転ぶ。

そう思った瞬間、背中に腕が回った。

強く、でも乱暴ではなく。
私の体を受け止めるためだけの力で、太陽が私を抱きとめた。

「向日葵」

耳のすぐそばで、名前を呼ばれた。

低い声。
近すぎる息。
パーカー越しの胸の硬さ。
腰のあたりを支える手のひらの熱。

時間が、半歩だけ止まった。

体が覚えている。

この腕を、私は知っている。
この胸の高さを、知っている。
眠れない夜に背中を撫でてくれた手も、泣きそうな私を抱きしめた体温も、最後に私を突き飛ばした必死な力も。

知っている。
知りすぎている。

「大丈夫?」

太陽の声が降ってくる。

私は慌てて体を離した。
彼もすぐに手を離した。引き止めない。その潔さまで、胸に刺さった。
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