恋から逃げるのには理由(わけ)があって
甘いとか、嬉しいとか、そんな単純な言葉にしてしまったら、たぶん私は終わる。
だから私は、全力で逃げ道を作った。

「まだ!? 15年間!? そろそろ趣味変えろ!!」

叫んだ。

太陽は一瞬目を丸くして、それから肩を震わせた。

「笑うところじゃありません!」

「いや、向日葵だなと思って」

「感動的に受け止められると思ったら大間違いですからね。15年って、スマホだって何世代も進化しますよ」

「俺の気持ちは変わらなかった」

「そこをアップデートしろと言っているんです!」

「できなかった」

短い言葉だった。

笑いが、喉の奥で止まった。

太陽は洗剤の袋を持ったまま、少しだけ目を伏せた。
その横顔は、世界中のカメラに向ける完璧な顔ではなかった。
15年分の時間を、本当に一人で抱えてきた人の顔だった。

「会えない間も、ずっと思い出してた。向日葵が笑うときの顔とか、怒ったときの声とか、プリンのカラメルの好みとか」

その声に、私は何も言えなくなった。

一度目の人生で、私はこの人の孤独を知ってしまった。
華やかな場所にいても、彼が一人でプレッシャーに耐えている時間を知っている。玄関で靴を脱いだ瞬間に、ふっと力が抜ける背中を知っている。

知っているから、突き放す言葉が鈍る。

だめだ。
ここで揺れたら、また同じ未来へ近づく。

「……私は」

言いかけて、言葉を飲み込んだ。

あなたを好きだった。
あなたと結婚した。
あなたを失った。

どれも言えない。
今の太陽は知らない。
知らないまま、まっすぐ私に恋をしている。

「私は、太陽くんとはそういうふうになれません」

ようやく出した言葉は、薄くて、頼りなかった。

太陽は、少しだけまばたきをした。
傷ついたのがわかった。
でも、彼は笑った。私を困らせないための静かな笑い方で。

「今は、それでいい」

「よくないです。諦めてください」

「諦めるとは言ってない」

「そこは言ってください」

太陽は小さく笑った。
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