恋から逃げるのには理由(わけ)があって
結局、太陽は私のアパートの前まで荷物を持った。

「ここまででいいです」

「階段、気をつけて」

「もう転びません」

アパートの前で、太陽は袋を差し出した。
指先が一瞬だけ触れた。

たったそれだけで、さっき抱きとめられた時の熱が、また皮膚の下に戻ってくる。

「向日葵。転びそうな時は、また抱きとめる」

「それは困ります」

「怪我するよりは」

「心が怪我します」

言ってから、しまったと思った。

太陽の目が、わずかに揺れた。
私も目を逸らした。

「……今のは比喩です」

「うん」

「文学的表現です」

「向日葵らしい」

「勝手に納得しないでください」

太陽はそれ以上、踏み込まなかった。
ただ、一歩下がって、いつものように言った。

「ちゃんと食べて」

「はいはい」

そう言うと、太陽は本当に楽しそうに笑った。

その笑顔を背中に浴びながら、私はアパートに入った。
部屋の鍵を開ける。
中に入り、鍵をかけ、チェーンをかける。

なのに、体だけがいつもに戻らなかった。
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