恋から逃げるのには理由(わけ)があって
買ったものを片づけても、意識はずっと別の場所にあった。

腰を支えた手。
背中に触れた腕。
耳元で呼ばれた名前。
パーカー越しの胸の温度。

だめだ。

私は両手で頬を挟んだ。
熱い。
走ったから。買い物したから。階段を上がったから。
理由ならいくらでも並べられる。

けれど、胸の奥の音だけはごまかせなかった。

どくん。
どくん。

ゆっくり落ち着くはずの鼓動が、太陽の腕の中にいた数秒を勝手に反芻している。

「……違う」

私は小さく言った。

違う。
これは恋じゃない。
これは記憶だ。
体が、過去を間違えて今に持ち込んでいるだけだ。

そう言い聞かせても、心臓は反論するみたいにもう一度強く鳴った。

私は胸元を押さえた。

一度目の人生で、あなたは私を庇って死んでしまった。
だから、私はあなたとの恋から逃げきらないといけないのに。
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