恋から逃げるのには理由(わけ)があって
――15年前の病室が、目の前に戻ってくる。

あの日のことを、俺は一度も忘れたことがない。

病室は、いつも白かった。
天井も、シーツも、カーテンも、母さんの顔も。
窓の外だけが季節を持っていて、夏が終わるころの光が、ベッドの脇に薄く差し込んでいた。

俺は、もう何度目かわからない治療のあとで、体のどこが痛いのかもわからないくらい疲れていた。
息をするだけで重くて、眠っても、起きても、病院だった。

大人たちは、俺の前では笑った。
母さんも、医者も、看護師も、向日葵のお母さんも。
みんな笑って、「大丈夫」と言った。

でも、俺は知っていた。

廊下で母さんが泣いていること。
医者が「春までは」と言ったこと。
治療を続けても、助かるかどうかわからないこと。

子どもでも、わかる。
自分の体が、少しずつ自分のものじゃなくなっていくことくらい。
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