恋から逃げるのには理由(わけ)があって
その日の午後、向日葵が来た。

「太陽くん、向日葵便でーす」

明るい声だった。
けれど、病室のドアを開けた瞬間から、俺にはわかっていた。

泣くのを我慢している。

向日葵は紙袋を掲げた。
中には漫画と折り紙とプリン。
病院の売店で買った、苦めのカラメルのやつ。

「本日は三種の神器です。ありがたく拝むように」

「うん。拝む」

笑うと、胸の奥が痛んだ。
でも、向日葵がほっとした顔をしたから、痛いのを隠した。

彼女はよくしゃべった。
学校の先生がチョークを落とした話。
給食のプリン争奪戦に負けた話。
折り紙の金色だけ少ないのは陰謀だ、という話。

全部、くだらなくて。
全部、泣きそうだった。

向日葵は、俺を死なせないためみたいに笑っていた。

だから、俺は聞いた。

「向日葵は、どんな男の人が好き?」

自分でも、変な質問だと思った。
病室で聞くことじゃない。
点滴につながれた小学生が、真顔で聞くことじゃない。

でも、知りたかった。

もし俺がこの先を生きられないなら。
向日葵がいつか好きになる人を、知っておきたかった。

向日葵は目をぱちぱちさせて、それから胸を張った。

「王子様」

「王子様?」

「そう。白馬に乗ってて、お城に住んでて、キラキラしてる人。私のことをものすご~く好きでいてくれて、大人になったら迎えに来てくれるの。あと、たぶん顔がいい」

顔がいい、というところで、俺は少し笑った。
向日葵も笑った。

その笑い声だけが、病室の白さに色をつけた。

「俺、王子様になれるかな」

俺がそう聞くと、向日葵はすぐに言った。

「太陽くんは名前がもう光属性だからね。かなり有利」

「光属性」

「うん。あとは白馬とマントと、かっこいい登場の練習かな」

その時、俺は本当に思った。

なれるなら、なりたい。

強くて、かっこよくて、誰かを守れる存在に。
病室のベッドの上で、母さんを泣かせて、向日葵に無理やり笑わせるしかできない自分じゃなくて。

向日葵を迎えに行ける男に。
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