恋から逃げるのには理由(わけ)があって
半分ほど食べたところで、太陽がふと顔を上げた。

「向日葵」

「何ですか」

「なんで俺が風邪の時にこれが食べたくなるの知ってたの?」

時間が止まった。

私は反射的に、右手首を左手でつかんだ。

しまった、と思った。
その動きまで、彼の目が追ったのがわかったからだ。

「……知ってたわけじゃありません」

声が、少し遅れて出た。

「鮭かゆは消化にいいですし、ゼリーは食べやすいですし。病人向けとしては、まあ、一般的な選択です」

「一般的?」

太陽は静かに聞いた。

「ええ。私の中では」

「みかんゼリーも?」

「みかんは、ほら、ビタミンっぽいので」

「ぽい」

「栄養学の専門家ではないので、語尾を弱くしました」

私はできるだけいつもの調子で言った。
けれど、指先が冷たい。つかんだ手首の内側で、脈が速く打っている。

太陽はそれ以上、すぐには聞かなかった。
ただ、私を見ていた。

「そっか」

太陽は小さく言い、またおかゆを口に運んだ。

その沈黙が怖かった。
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