恋から逃げるのには理由(わけ)があって
太陽は結局、器をほとんど空にした。
みかんゼリーも半分食べた。食べ終わるころには、表情の緊張が少しゆるんでいた。

「薬、飲みますよ」

「はい」

「返事が素直すぎて怖いですね」

「向日葵が怖いから」

「病人にまで恐れられる女、嫌すぎる」

水と薬を渡すと、太陽は素直に飲んだ。
冷却シートを額に貼る時だけ、私は少し迷った。

「自分で貼れます?」

「貼れる」

そう言いながら、彼はシートを上下逆に持っていた。

「貸してください」

私はため息をつき、シートを受け取った。
近づくと、熱の匂いがした。体温の高い肌。少し荒い呼吸。額に触れた指先が、じんと熱を拾う。

一度目の人生で何度も触れた温度。
生きている温度。

胸が、ひどく静かに震えた。

「はい。完了です」

私はすぐに距離を取った。

太陽は額のシートに触れ、少し笑った。

「向日葵、看病うまい」

「褒めてもおかゆは増えません」

「じゃあ、明日も風邪ひく」

「今すぐその発言を取り消してください」

「取り消す」

弱った声で笑われると、怒りきれない。
ずるい。病人特権を悪用している。
< 62 / 179 >

この作品をシェア

pagetop