恋から逃げるのには理由(わけ)があって
「太陽くん、どうして私の住所を」

「向日葵のお母さんに聞いた」

「お母さん!」

私は思わず天井を仰いだ。

母よ。
個人情報という概念をご存じだろうか。
いや、あの人なら「太陽くんだし」と言う。絶対に言う。ついでに「昔からいい子だったじゃない」と言う。違う。いい子かどうかと、成人女性の住所を渡すかどうかは別問題である。

「急に来てごめん」

「本当に急だよ。急というか、ジャンルがわからないよ。これは再会? 撮影? ドッキリ?」

「再会」

「衣装の圧が強すぎる」

「撮影帰りなんだ」

「ああ、なるほど。撮影帰りなら……いや、なるほどではないな?」

冷静になろうとしたけれど、冷静のほうが私から逃げていった。

太陽は、昔よりずっと背が高くなっていた。
子どものころは、私より少し大きいくらいだったのに。
今はドアの隙間から見上げるだけで首が疲れる。

大人になった。

当たり前なのに、その事実が胸を震わせた。

細かった腕も、病室の白いシーツの上で頼りなく見えた指も、今はすっかり男の人のものになっている。
生きている。
ここにいる。
私の前に、ちゃんと立っている。

それだけで、涙が出そうになった。
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