恋から逃げるのには理由(わけ)があって
「向日葵」
太陽の声が、少し低くなった。
「俺、ずっと決めてた」
「……何を?」
「風早向日葵。君と結婚するって」
沈黙。
廊下の蛍光灯が、じじ、と小さく鳴った。
部屋の中では、さっき置いた冷やし中華が、きっとぬるくなり始めている。
私の右手には、まだ割り箸が握られていた。
世界的俳優から求婚される女の手元として、あまりにも庶民的すぎる。
「……今、なんて?」
「結婚しよう」
太陽は、まっすぐに言った。
冗談の気配はなかった。
気まぐれでも、勢いでも、話題作りでもない。
彼の目は、十数年前の病室で「王子様になれるかな」と聞いた時と同じくらい真剣だった。
私は息を吸った。
普通なら、断るべきなのかもしれない。
十数年ぶりに再会した幼馴染。
しかも世界的俳優。
しかも王子姿。
しかも玄関先。
しかも私は割り箸を持っている。
冷静な大人なら、まずは「落ち着いて話しましょう」と言うのだろう。
あるいは「警察呼びますよ」と言うのだろう。
いや、警察は言いすぎかもしれないけれど、少なくとも「考えさせて」くらいは言うはずだ。
でも。
私の中には、別の声があった。
『生きてよ、私のために』
子どもの私が泣きながら言った、あの声。
そして、その言葉を受け取って、本当に生き延びた男が、今、私の前にいる。
王子様になって、迎えに来た。
冗談みたいな約束を、彼は冗談で終わらせなかった。
「向日葵」
太陽が、少しだけ不安そうに私を見た。
世界中の人を魅了する俳優なのに。
レッドカーペットの上では、完璧に笑う人なのに。
私の返事を待つ今の彼は、あの日の病室の男の子みたいに見えた。
太陽の声が、少し低くなった。
「俺、ずっと決めてた」
「……何を?」
「風早向日葵。君と結婚するって」
沈黙。
廊下の蛍光灯が、じじ、と小さく鳴った。
部屋の中では、さっき置いた冷やし中華が、きっとぬるくなり始めている。
私の右手には、まだ割り箸が握られていた。
世界的俳優から求婚される女の手元として、あまりにも庶民的すぎる。
「……今、なんて?」
「結婚しよう」
太陽は、まっすぐに言った。
冗談の気配はなかった。
気まぐれでも、勢いでも、話題作りでもない。
彼の目は、十数年前の病室で「王子様になれるかな」と聞いた時と同じくらい真剣だった。
私は息を吸った。
普通なら、断るべきなのかもしれない。
十数年ぶりに再会した幼馴染。
しかも世界的俳優。
しかも王子姿。
しかも玄関先。
しかも私は割り箸を持っている。
冷静な大人なら、まずは「落ち着いて話しましょう」と言うのだろう。
あるいは「警察呼びますよ」と言うのだろう。
いや、警察は言いすぎかもしれないけれど、少なくとも「考えさせて」くらいは言うはずだ。
でも。
私の中には、別の声があった。
『生きてよ、私のために』
子どもの私が泣きながら言った、あの声。
そして、その言葉を受け取って、本当に生き延びた男が、今、私の前にいる。
王子様になって、迎えに来た。
冗談みたいな約束を、彼は冗談で終わらせなかった。
「向日葵」
太陽が、少しだけ不安そうに私を見た。
世界中の人を魅了する俳優なのに。
レッドカーペットの上では、完璧に笑う人なのに。
私の返事を待つ今の彼は、あの日の病室の男の子みたいに見えた。