恋から逃げるのには理由(わけ)があって
胸が、たまらなく熱くなった。

私はチェーンに手をかけた。

がちゃり。

金属音が、やけに大きく響いた。

ドアを開ける。
王子姿の太陽が、はっきりと目の前に立つ。

私は割り箸を握ったまま、彼を見上げた。

「……はい」

太陽の目が、少しだけ見開かれた。

「向日葵?」

「だから、はい」

自分でも驚くくらい、声は震えていた。
けれど、迷いはなかった。

「結婚、する」

言った瞬間、世界が一拍遅れて動き出した。

太陽の顔から、力が抜ける。
信じられないものを見たみたいに、彼は私を見つめた。

それから、今まで見たどの映像よりも、どの写真よりも、あたたかく笑った。

「本当に?」

「うん」

「今、言ったよ」

「言った」

「取り消さない?」

「取り消さない」

「向日葵」

「はい」

「俺、本当に君と結婚するよ」

「そこはさっきから聞いてる」

ようやく私がそう返すと、太陽は笑った。

その笑顔を見た瞬間、胸の奥にあった緊張がほどけた。

ああ、好きだ。

唐突に、そう思った。

子どものころ好きだった。
病室で手を握った時も、退院して遠くへ行ってしまったと聞いた日も、テレビで初めて彼を見つけた時も、たぶんずっと好きだった。
でも、大人になった私はそれを「懐かしさ」だとか「憧れ」だとか、便利な言葉で包んでいた。

けれど今、目の前で太陽が笑っている。

私を迎えに来たと、真剣に言っている。

その瞬間、包んでいた言葉が全部ほどけて、隠していた気持ちが顔を出した。

「……とりあえず、入る?」

言ってから、私は慌てて部屋を振り返った。

洗濯物。
冷やし中華。
麦茶。
クッションの上に脱ぎっぱなしの部屋着。

生活感のフルコースである。

「いや、待って。やっぱり五分待って。部屋が、あの、世界的俳優を受け入れる基準を満たしていない」

「俺は向日葵の部屋なら、どんな状態でも大丈夫だよ」

太陽はまた笑った。
昔と同じ、困ったような、嬉しそうな笑い方だった。

その笑顔に背中を押されるみたいに、私は彼を部屋へ招き入れた。
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