恋から逃げるのには理由(わけ)があって
その夜、私たちは冷やし中華を分け合い、麦茶を飲み、昔の話をした。
学校帰りの道。
病院の売店のプリン。
太陽が退院したあと、アメリカへ行ったこと。
向こうでの治療とリハビリ。
俳優になった理由。
王子様役にこだわった理由。

彼の話は、ときどき胸が苦しくなるほど真剣で、それでも最後には必ず私を笑わせようとした。

太陽はずっと、太陽だった。

世界のどこへ行っても、どれだけ遠い場所で光っても、私を照らす時のあたたかさは変わらなかった。

夜が更けても、私は眠くならなかった。

嬉しくて。
信じられなくて。
何度も目の前の太陽を見てしまった。

そのたびに彼は、私に気づいて笑った。

「いるよ」

「わかってる」

「本当に?」

「確認したくなるだけ」

「じゃあ、何度でも確認して」

そう言って、太陽は私の手を取った。

指先が重なる。
あたたかい。
生きている。

私はその手を握り返した。

一度目の人生の私は、その夜、逃げなかった。

ドアを閉めなかった。
拒まなかった。
怖がらなかった。

王子様になって帰ってきた太陽を、まっすぐ受け入れた。

そして私は、本気で思っていた。

この手を握っていれば、これから先の人生は、きっと全部幸せになるのだと。
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