恋から逃げるのには理由(わけ)があって
できあがった親子丼は、少しだけ卵が固まりすぎていた。
でも太陽は、まるで高級レストランの一皿みたいに大事そうに食べた。

「おいしい」

「卵、やや固めです」

「好き」

「何でも好きって言えば許されると思ってる?」

「向日葵と作ったから」

「はい、王子様発言一回。減点です」

笑いながら食べる親子丼は、本当においしかった。

秘密にしなければいけないことは、たしかに少し寂しかった。
会社で名字を書くたび、まだ旧姓のままでいる自分に変な気持ちになった。
同僚に「最近いいことあった?」と聞かれて、ただ「卵が安かった」と答えたこともある。

嘘ではない。
卵は本当に安かった。

でも、私の左手の薬指には、家の中でだけつける指輪があった。
出かける前に外し、帰ってきたらつける。
それだけの動作が、私たちの秘密の合図みたいだった。

「早く公表したい」

夜、太陽が私の手を見つめながら言ったことがある。

「映画が公開されたら、ちゃんと話すから。俺の言葉で」

「うん」

「向日葵を隠したいわけじゃない」

「わかってる」

「誰よりも、大事にしたいだけ」

その言葉を聞くたびに、胸が満たされた。
私は、誰かに隠されているのではなく、守られているのだと思えた。
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