恋から逃げるのには理由(わけ)があって
そんな穏やかな日々の中で、太陽が風邪をひいた。
原因は、雨の中での撮影だった。
王子様は雨に濡れても絵になるらしいが、人間なので普通に発熱する。

夜遅く、玄関を開けた太陽は、マスクをして、少し赤い目で笑った。

「ただいま」

「声が病人」

「大丈夫」

「病人の大丈夫は、世界三大信用できない言葉のひとつです」

私は彼の額に手を当てた。

熱い。

一瞬で心臓がきゅっと縮んだ。

病院の白い廊下が脳裏をかすめる。
でも目の前の太陽は、もうあのベッドの上の子どもではない。

私は深呼吸して、彼をソファに座らせた。

「何か食べられる?」

「……鮭のおかゆ」

「鮭?」

「うん。鮭かゆが食べたい」

熱で少し弱った太陽が、あまりにも素直な顔で言うので、私はうなずいた。

「他には?」

「みかんゼリー」

「子どもみたい」

「子どもでもいい」

そう言って、太陽はブランケットに顔を半分うずめた。
世界中のファンに見せたら大事件になる弱り方である。
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