姉の身代わりに敵国に嫁いだら皇太子に溺愛されました
文字を追いながら、何度も頭に叩き込む。

余計なことを考えないように。

あの夜のことも、あの言葉も――思い出さないように。

夕刻になれば、パーティーの準備が始まる。

華やかなドレスに身を包み、再び殿下の隣へ。

差し出された手に、そっと自分の手を重ねる。

形だけのエスコート。

それでも、その瞬間だけは、ほんの少しだけ特別に思えてしまう。

愚かなことだと分かっているのに。

笑顔を作り、言葉を交わし、視線を受け止める。

完璧な皇太子妃として振る舞う。

そうして一日が終わる頃。

私は静かに執務室へと足を向ける。

銀の盆に載せた紅茶が、かすかに揺れる。

扉をノックする。

「……入れ」

短い声。

中に入ると、ルシアン殿下は机に向かったまま、書類に目を落としていた。

「紅茶を、お持ちしました」
< 37 / 60 >

この作品をシェア

pagetop